黄泉平坂

   
 数え合わせて、伊耶那岐・伊耶那美の二柱の神が生んだ嶋は十四嶋で、神は三十五柱の神々となる。
伊耶那美が黄泉へ旅立ってしまい、そんなこんなで伊耶那岐の神はこう言った。
「ああ、ビューティフォー・マイスイートハートな伊耶那美よ、
 お前を火の神である子供一人に生死を代えようとは思わなかったぁ!」
彼は伊耶那美の枕元に腹這いになったり、足下の方へはいずり回ったりして哭き叫んだ。
そりゃもうすごい嘆きようで、女房が死んだことでここまで派手に嘆き回る男も
あまりいないだろうってぐらい。この時、伊耶那岐の涙から出来た神は、香具山に鎮座する
「泣沢女(なきさはめ)」の神様だ。俗に言う「泣き女」ってなヤツだと思えばいいかもね。
 で、亡くなられた伊耶那美の身体は出雲の国と伯耆の国(現在の島根県はこれを足した大きさ)との
国境、比婆の山に葬られたそうだ。

 やり場の無い怒りと悲しみから、とうとう伊耶那岐は身に帯びた長剣「十拳劔(とつかつるぎ)」を
抜いて、その子迦具土の首をはねてしまった。すると、その刀のきっさきに付いた血から、
「石析(いはさく)」も神が出来た。次に「根析(ねさく)」の神。
次に「石箇之男(いはつつのを)」の神。この三柱の神は、強力で堅固な刀剣神。
 また迦具土を斬った刀の本(刀の中央部の刃)に付いた血からは、猛々しい
「建御雷之男(たけみかづち)」の神、 (*注12) 又の名を「建布都(たけふつ)」の神という
刀剣の神を初めとする、火の根源である強烈な雷神の三柱が成ったそうな。
そして刀の柄に集まった血が、伊耶那岐の手の指の間から漏れだして出来た神は
一対の水の神だった。 (*注13)
  また、殺された迦具土の頭・胸・腹・陰・左手・右手・左足・右足のそれぞれからは
山の神が出来上がった。その迦具土を斬った刀は「天之尾羽張(あめのおははり)」と言い、
又の名を「伊都之尾羽張(いつのをははり)」と言うそうだ。

 亡骸を葬ったにも関わらず、伊耶那岐は未練がましくも死んだ伊耶那美を一目でも見ようと思って
黄泉の国まで彼女を追いかけていってしまった。そして伊耶那美が殿の鎖戸 (*注14) から伊耶那岐を出迎えた時に、
仲睦まじく話して、こう言った。
「ラブラブ、マイハニー伊耶那美。俺様とお前が作った(生んだ)国はまだ全然出来上がってねーじゃん。
 だから、その為にもこの世(現世)に帰ってきてくれよ〜!」 (*注15)
「ええぇ!?も〜、遅いわよ!それならなんでもっと早く迎えに来てくれなかったの?
 アタシ、もう黄泉の国のモノを食べちゃったじゃないの〜〜(>_<) (*注16)
 んでも、アータがわざわざこの死者の国まで、折角来てくれたんだものぉ感激だわ!
 もちアタシだって、ダーリンと一緒に居たいし帰りたいからさぁ〜、
 ちょっと黄泉の国のボス(支配者)と相談してくるから、ちょっち待っててね〜。
 でも、その間絶対にアタシのカッコ見ないでよね!!」
そう言って伊耶那美が殿の奥に入っていったが、やたらと長い時間待たされていたので
伊耶那岐は待ちきれなくなった。なんせこーゆー短絡的な彼である、待ってられなかったんだな。
そんでもって、伊耶那岐は左の角髪に刺してあった櫛の男柱(櫛の両端にある太い歯)を一本折って、
ダメって言われてたし、本来なら黄泉の国ではダブーな行為なのに火を灯して伊耶那美を
のぞき見てしまった。すると伊耶那美の姿は凄まじく、ウジ虫が集まってゴロゴロ音を立てているし、
頭には大きな雷がいて胸には火の雷、腹には黒雷、陰には析雷、左手には若雷、右手には土雷、
左足には鳴雷、右足には伏雷がいて合わせて八種類の雷が身体に出来ていた。
(レベル55位のツワモノ…ってまだ1体も倒せてないヨ@信長の野望online)

 この姿を見て、もう百年の恋も一気に冷めてただ恐ろしくなった伊耶那岐は、
何の為に来たのかもすっかり忘れ、とにかくあんな姿の女房は、もう関係無いつーかいらん!
とばかりに黄泉の国から逃げ帰ろうとした。そんな伊耶那岐に、伊耶那美はモーレツに怒って(当然だね!)
よくも、アタシに恥じをかかせてくれたわね〜〜!!
と直ちに予母都志許売(よもつしこめ=黄泉醜女とも書く) (*注17) を遣って伊耶那岐を追いかけさせた。
自業自得だけど、とにかく必死こいて逃走中の伊耶那岐は、 髪をみづらに結っていた蔓草をひょ〜いと投げた。
すると、その蔓は見る見る山葡萄と変化し、予母都志許売が貪り喰らっている隙に更に逃げた。
走り走ってキリキリ逃げる。でも、予母都志許売達はどんどん数も増え、やはり追い迫ってくる。
そこで今度は右の髪に刺していた爪形の櫛を投げ捨てた。すると、とたんにそれはタケノコへと
変化する。これまた予母都志許売達は、随分とハングリ〜だったらしくバグバグ、バリバリと
拾い食いというか、タケノコを掘り起こして喰らっている。茹でもせず、あく抜きもしない
苦いであろうにもかかわらずモリモリ食べている。またその隙に伊耶那岐はヒィヒィ逃げまくった。
 そして次なる追撃は、八種類の雷の神が千五百(ちいほ、と読む)の黄泉の軍を率いて
伊耶那岐を追ってきた。さすがの伊耶那岐もこりゃ大ピンチ!とばかりに、
脇差しの十拳劔を抜いて後ろ手で剣をヒラヒラ振りつつ(*注18)逃げる。
 もちろん黄泉の軍はこれぐらいではひるんでくれずに、なおの勢いでゴウゴウと追ってくる。
伊耶那岐は、黄泉平坂のその麓に命からがらたどり着いた時、その坂の麓にある桃の実を三つ採って
黄泉の軍隊を迎え撃った。(*注19)の軍隊もこれにはたまらず、その坂から黄泉へと撤退したそうな。
そこで、自分の命を助けた聖果実である桃に伊耶那岐は
「お前は、俺様を助けたようにこの葦原の中(*注20)にある国で限りある命と生あるヤツらが、
 苦しんでいる時、困っている時助けてやってくれや」とか言って安心していたのもつかの間、
最後の最後、その妻である伊耶那美自らがビカビカ、ゴロゴロ、ウジ沸きまくりの凄い形相で追いかけて来た。
これにビックリした伊耶那岐は、千人で引かなければ動かないようなデッカクて重〜い巨石でもって
黄泉平坂を塞ぎ、その巨石を挟んで伊耶那岐と伊耶那美は叫び罵りあう。
「ラブラブ、ダーリン!あんたアタシを捨てて別れるっていうなら、
 あんたの国の人間を一日千人ずつ枯れ草の様に絞り殺してやる〜!!」
「おうさ、オレっちだっってラブラブだったけど、そっちがんな事言って
 千人の人間殺すんなら、こっちは一日千五百人生まれさしてやるぜぇ〜〜!!」
そんな別れ際の売り言葉に買い言葉のせいか、この人間世界は一日に千人が死に、千五百人が生まれる事になったそうな。 (*注21)
そこで伊耶那美を号けて(なづけて)「黄泉津(よもつ)大神」という。伊耶那岐に追いついた事から
「道敷(ちしき)の大神」とも言って、黄泉平坂を塞いだ巨岩は「道反之(みちがえしの)大神」と
名づけられた。
  なお、あのいわゆる黄泉平坂 は、現在の出雲の国の伊賦夜坂(いふやさか)と言うらしい。

 こうして、何とか命からがら黄泉から脱出した伊耶那岐は何だか気持ち悪かったのか、
人生最大の悪夢から覚めたようなグッタリ感と、とりあえずの安堵感にひたっていた。
「どうにもこうにも、オレっちはもう見るのも嫌なバッチィ上に醜いモンばっかりの国へと
 よくも行ったもんだぜ。あの穢れを払ってサッパリしたいなー、いっちょ禊(水浴びの事)でもすっかな」
と言った。そして、禊をするために伊耶那岐は筑紫の日向、橘の小門(たちばなのをど)という、
要するに大淀川の小さな港までやって来て、禊をしたそうだ。
 染み付いた穢れを打ち捨てるつーか、もう汚さに我慢出来なかった伊耶那岐は
身につけていたものをバンバン投げて、体をバシャバシャと派手に洗った。
脱ぎ捨て、投げた杖からは「衝立船戸(つきたつふなど)の神」。
帯びから「道之長乳歯(みちのながちは)の神」。腰に付けていた袋からは「時量(ときはかし)の神」。
上着から「和豆良比能宇斯(わづらひのうし)の神」。袴からは「飽昨之宇斯(あきぐひのうし)の神」。
そして両手の装身具である手纏(たまき)からも6神様が成った。(*注22)そして伊耶那岐は、
「上流の流れは急だなぁ。下流の流れは緩やかジャン」と言って、始めて中流にドブンと潜り
体を漱いだ時に成った神は「八十禍津日(やそまがつひ)の神」と「大禍津日(おほまがつひ)の神」。
この二柱の神は、黄泉の国に行った時の穢れから成る神だ。次には、その禍を直すために成った神が
3柱成った。(*注23) 次に水底で漱いた時に成った神は「底津綿津見(そこつわたつみ)の神」、
「底箇之男(そこつつのを)の命」。
中で漱いだ時のは「中津綿津見の神」、「中箇之男の命」、上では最初の1文字が同じ名前の二柱の神が成った。
この綿津見の神は、阿曇(あづみ)の連(むらじ)等の祖先神として奉斎する神だ。(*注24)
箇之男の命は、航海神となり崇められた。



戻る 進む